逆にこの時確かにそうなる。

逆に,このとき与式は確かに恒等式になる

倫理のまとめ(日本思想)

倫理の復習を毎日している過程で、ちょっとまとめてみたので、よかったら使ってくれれば。
源流思想〜市民革命 - 市民革命〜現代思想 - 日本思想
(※青年期は現代社会と被るのでまとめていない・中国思想は漢文と被るのでまとめていない)

すべてまとめてPDFにし、重要なキーワードを赤字にして赤シートで隠れるようにしたのでよければ使って下さい。
ファイルはこちらから→ http://nipo.asia/eth.pdf - (A5サイズにしてあるので、A4に冊子印刷がベスト)

古代から仏教

古代思想

日本古来の思想は、現役中心主義であり、浪人はケガレであると考えられていた。こうしたものを取り除くために、ミツギ(塾へ金品を納める)・ハライコミ(私大の寄付金は銀行経由で)などの儀式が行われた。
また、共同体の和を重視し、「受験は団体戦」であると考えられていた。

仏教の受容

浪人が日本に伝わってきた当初は、現役で大学に進学しながら浪人するという、「仮面浪人」の形で受け入れられた。
聖徳太子は浪人を重んじ、また十七条の憲法を制定した。有名な条文としては、
(一条)浪人を以て貴しとなし、憂うことなきを宗とせよ - 浪人を憂うことなく堂々とせよ
(二条)篤く三宝を敬へ。三宝とは、授業・参考書・模試なり - 授業・参考書・模試をフル活用せよ
(十条)我必ず天才に非ず、彼必ず馬鹿に非ず、共にこれ浪人なり - 浪人した以上は皆同じ身分である

奈良仏教

この時代は予備校は国から認可を受けた学校法人ばかりで、東進を迫害していた。しかし、三大予備校から東進に続々と講師が集まり、現役合格に貢献した。

平安仏教

天台宗を開いた最澄は、「一切衆生悉有合格」と説き、誰もが合格する可能性を秘めているとした。
真言宗を開いた空海は、大学で教授から習ったことを予備校講師が間接的に教えているだけの顕教よりも、大学教授に直接教わる密教が良いと考えた。

末法思想と鎌倉仏教

坂間勇伊藤和夫が亡くなった末法の世にあっては、参考書だけが残る状態となってしまった。
法然は浄土宗を開き、公式さえ唱えていれば、丁寧な誘導によってどんな難問でも解けると説いた。
親鸞は、浄土真宗を開き、自分の力で問題を解こうとしている人でさえ難問を解けるのだから、ましてパッパラパーでなあんにも知らない受験生が解けないわけが無いと考えた。
栄西臨済宗を開き、末法思想を否定した。予備校で机を囲んでみんなで過去問を解くことで悟りを得られると考えた。
道元曹洞宗を開き、末法思想を否定したが、栄西と異なり、黙々と自習室にこもって静かに勉強するのが良いと説いた。試験打座(試験中座って何も考えないこと)することで、身心脱落(身も心も不合格)の境地に達し、合格への執着が消える。
日蓮は、ファインマン物理学を最高の経典と位置付け、それ以外の教科書はカスだと罵倒した。「プサイにファイ世の中すべて波だらけ」と唱えることで救われる。

江戸前後の思想

朱子学

林羅山は、大学がSSランクからFランクまであるのは、永遠に変わらないと説いた(上下定分の理)ため、予備校から重宝された。

陽明学

中江藤樹は、予備「校」を重視した。また、参考書を読むだけでなく、実際に問題を解くことによって真の知となると説いた(知行合一)。

古学

山鹿素行は、古学を提唱し、朱子学を役に立たないものとして批判した。また、浪人生は院生・学生・現役の手本であるべきだと説いた。
伊藤仁斎は、古義学を提唱し、重問を最上至極宇宙第一の書とした。
荻生徂徠古文辞学を提唱。先輩の道こそが(成績)安定化への道であると説いた。

民衆の思想

石田梅岩は、河合・駿台代ゼミを融合した石門心学を提唱。正当な方法で点数を上げ、時間を倹約することを説いた。
安藤昌益は、アルバイトもしないで周りに負担をかけている浪人生を厳しく批判した。
二宮尊徳は、自分の能力に応じた志望校(分度)と、ワンランク下げることにより生じる余裕を友達に譲ること(推譲)こそが人道の在り方であると説いた。

近現代の思想

福澤諭吉明六社

実学重視の福澤諭吉慶應義塾を設立したが、役に立たない推薦入試を廃止できず、センター利用入試を廃止してしまった。
西周は、海外のコントを披露。全くウケず、失意の余り受験用語を考案し始めた。

自由民権思想

中江兆民は、合格には2つあると説いた。すなわち、指定校推薦による合格(恩賜的合格)と、一般入試による合格(回復的合格)の2つであり、前者は上から与えられるだけのものであるが、後者は自らの手で勝ち取ったものである。中江兆民は、今の日本は指定校推薦をさっさと捨てて回復的合格を育て上げる必要性を説いた。

キリスト教

内村鑑三は、2つのJ(JapanとJuken)に生涯をささげることを決意したが、現役合格した同級生に対し敬意を払わなかったことで失脚。
新島襄は、平民主義・共和主義を掲げ、関関同立の頂点たる同志社を設立した。

近代的自我の形成

夏目漱石は、親からやれと言われて勉強するのではなく、自らの意志で勉強することを重視した。また、自己本位の個人主義を提唱したが、決して他の受験生を蔑ろにしていいというわけではなく、このため倫理的自我とエゴイズムの葛藤に陥ってしまった。最終的に、「もうどこか受かるでしょ、受験勉強飽きた」という則天去私の境地になった。

日本独自の思想

西田幾多郎は、主観(自分)と、客観(不合格)がまだ区別できていない合格発表直後における主客未分の直接的経験によって、真の実在を認識できると説いた。

和辻哲郎は、浪人はニートと学生の弁証法的統一体である間柄的存在であると説いた。