ながぐつをはいたにぽ
長年仕えていた主人が亡くなった。
奥様も亡くなられていたので、その莫大な財産は、一人娘が相続することとなっていた。
葬儀が済んで何日かすると、ある男が、宮殿とも言える巨大な家を訪ねてきた。
パリからやってきた事務弁護士であった。
「ご主人から、生前に、遺言執行人を頼まれました。」
遺言もなにも、血縁者は娘一人である。
応接間までの回廊を歩きながら、何か面倒なことになるのかと尋ねた。弁護士は、そういうことはないと否定した。
そういえば、どうやって弁護士はご主人が亡くなったことを知ったのだろう。
お茶を出さねばならないと思い、給湯室へ向かった。
ところが、どのカップを使えば良いのか分からない。
ふと我に返ると、これは私の仕事ではないことを思い出した。
給仕係を呼んで、給湯室を後にした。
主人が亡くなったことで、多少なりとも動揺しているのだろうか。
2時間ほどして、弁護士が娘と笑いながら部屋を出てきた。
帰りがけに、私にこう言うのだった。
「きみは長靴を相続することになった」
「信託銀行の貸金庫にあるから、あとで持ってくる」
理解が追いつかなかった。
今得られた情報はたったの2つしかないのだから、落ち着いて考えるのだ。
とにかく長靴を相続することになったらしい。
そしてそれは、銀行の貸金庫にあるらしい。
なぜ長靴なんだ。
金庫に入れる靴とは、どんな靴なんだ。
急に緊張して、そわそわしてしまう。
逃げるように自分の部屋に入り、寝てしまおうとした。
いつもならすぐに眠れるところ、落ち着かないせいで、入眠できない。
何を考えるでもなく、長靴、長靴、と頭の中で復唱していた。
そうこうしているうちに、弁護士が戻ってきた。
「はいこれ、長靴。」
長靴を相続した。
長靴を履いた。
そういえば、今日は雨だったな。