逆にこの時確かにそうなる。

逆に,このとき与式は確かに恒等式になる

僕の研究について書きます(2);キーワード:計算言語学,自然言語処理,応用言語学

いま手元には,little attention has been paid toと,there is little researchの2つしかない。最低でも1000個くらいは欲しいよね。さあ,どうやって集めてくるのか。

 

次回に続く。

 

前回の続きで,僕の研究について書いている。

 

さて,little has been paid toとthere is little researchは役に立ちそうな英語の単語列(単語が並んでいるもの)だが,これをいっぱい集めたい。どうしたらいいだろう。

世の中には,英語論文の書き方なる本がたくさんある。こういう本には,こういう英語の単語列がいっぱい収録されている。

でも,英語論文の書き方なる本を論文を書くときに参照している人を見たことがない。

どうなっているのだろう?

最も学術的に練られているアカデミック・ライティングのための英語表現集が,マンチェスター大学のJohn MorleyによるAcademic Phrasebankである。

www.phrasebank.manchester.ac.uk

 

要するに,既存の「英語の単語列」の資源はたくさんありそうだ,ということが分かる。

では,これをコンピュータにぶち込めば良いのだろうか。

そうもいかないのだ。

little attention has been paid toは役に立つ「英語の単語列」だが,アカデミックフレーズバンクには,こんなのしかない。

Up to now, far too little attention has been paid to …

So far, very little attention has been paid to the role of X.

However, far too little attention has been paid to …

 何がマズいかお分かりだろうか。

「Up to now,」「...」「the role of X」「So far,」「However,」等が不要なのである。

つまり,既存の資源をそのままコンピュータで使うことができないケースがあり,それは実は少なくなく,せっかく世の中には「英語論文の書き方」といったタイトルの本が出回っているのに,すぐには利用できないのだ。

では,不要部分を一生懸命一つずつ丁寧に取り除いていけば良いのだろうか。

アカデミックフレーズバンクの収録数はそんなに大きくないので,やろうと思えばできる。だが,そもそも,アカデミックフレーズバンクに収録されている英語表現だけで十分なのだろうか。十分なら,コンピュータシステムなんか作らなくても,これを読み込めば良い。

今ここで,あなたの論文に書かれる文をひとつ,日本語で良いので頭に思い浮かべて欲しい。実験手法でも良いし,グラフの説明でも良いし,考察部分でもよい。その文は,アカデミックフレーズバンクに載っているだろうか。

この程度の収録数で書ける英語は本当に限られている。なぜなら,対象が広いからである。どんな分野の人でも使うような表現もあれば,ある特定の研究テーマでしか使われない表現もある。これはテクニカルタームの話ではない。だが,テクニカルコンストラクション(construction:構文)のようなものはあるのだ。

ということで,大量の,そして多種多様な英語表現を収集してくる必要があり,不要部分を人間が取り除いてもキリがないのだ。

でも,やった。

僕,全部やった。

これが,とっても大変だった。その大変さを共有して,本稿は終わりにしたいと思う。

例えば,little attention has been paid toは役に立ちそうなフレーズである。では,

So far, very little attention has been paid to the role of X. 

から,役に立ちそうな部分を抜き出せ,と言われたら,どこを抜き出せば良いだろうか。

little attention has been paid toと似ている部分を抜き出せ,は比較的簡単だが,単に役に立つ部分を抜き出せと言われると,非常に困るのである。

veryはあった方が良いだろうか? littleを強めるのは一般性に欠ける感じがするから,一旦外しておこうか?

So farはあった方が良いだろうか? 現在完了なのだからso farもつけた方が親切(≒役に立つ)じゃないか?

「役に立つ」なんていうのは,基準としてあまりにも曖昧であるとお気づきだろう。しかし,この「役に立つ」という基準は,先行研究にも堂々と書かれている「基準」なのだ。

 

次回に続く。

僕の研究について書きます(1);キーワード:計算言語学,自然言語処理

これまで,自分の研究については一切触れてこなかったが,アイデアについては去年COLINGに出したので,もう書いても大丈夫であろうから,書く。

長々と書きたいと思うので,今回は,現在の研究テーマに至る経緯について書く。

僕は,情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻というところに所属していて,一応,知能情報学という分野の世界にいる。もともと東京大学教養学部にいたが,そこを卒業した後,上位機関である総合文化研究科には進学せずに,現在の所属に進学した。

大学に入ってしばらくは情報科学をやる気は全然なかった。まわりには凄い人たちがいっぱいいたので,かなわないと思ったからだ。研究者になる気も更々無かった。教養学部前期課程で,何に向いているかを確かめるために色々な授業を取った。経営政策科学(清水剛),現代法(大越義久),科学史(岡本拓司),言語学とフィールドワーク(小林正人)等々を取って,一番点数が良かったのは経営政策科学だったのだが,一番興味を引かれたのは言語学とフィールドワークであった。

僕は言葉が好きだ...と確信した。しかし文学部言語文化学科(当時)に進むほどの勇気はなかった(第三志望にはした)。

他人のことは差し置いて,自分の中で一番得意なものは何か問うた。どう考えても情報である。

情報学と言語学を両方良い感じにやるにはどうしたらよいだろうか。教養学部後期課程に進学するしかない。

後期教養では,情報科学の基礎的なこと(情報数学,信号処理,コンピュータアーキテクチャ形式言語理論,ネットワーク,データ構造とアルゴリズム,画像処理とCG)を学びつつ,言語学の講義も履修した(統語論,音韻論,認知言語学など)。

そこで出会ったのが自然言語処理という分野であった。コンピュータを使って,言語現象をモデル化するという学問である。

これは僕のためにある分野であることだなあと思って,これを専門にすることにした。

 

大学院修士課程から研究室を移って,研究テーマも変えることにした。

当初は,スパム撲滅運動みたいなことがやりたかったのだけれど,スパムかどうか判断すると怒られるからやめた方が良いと言われ,確かにそうだと思ったのでやめた。

全く白紙の状態になってしまったのだが,テーマはゆっくり決めれば良いということになり,僕が英語が好きであるという話から,「とりあえず,英語で論文を書くのが大変なので,何とかして下さい」と言われた。

あくまでもテーマが決まるまでの事務仕事,という感じで振られたのだが,少し考えただけでも良いテーマになりそうである。最初から博士進学をすることを決めていたので,できれば5年がかりのテーマが良い。

英語で論文を書くということを助けるということは,どういうことだろうか。

英語で論文を書いたことがないので,研究室の先輩に話を聞いてみると,いくつか問題点が浮かび上がってきた。

  1. 単語の選択の問題(論文で,くだけた表現は使えない)
  2. 単語の選択の問題(同じような意味の単語で,どれを使うべきか)
  3. 言い換えの問題(同じ表現の多用を避けたい)
  4. 文構造の問題(あまり複雑な構文は使いたくない)
  5. 論理の問題(記述の過不足を指摘して欲しい)

この問題自体は特に珍しいものでもなさそうである。問題意識はきっと共有されているはずだから,先行研究がいくらでもあるはずだ。

論文執筆支援システムの先行研究を探してみると,やはり,ないわけではなかった。いくつか紹介しよう。いつもGoogleでフレーズを検索して,件数の多い方を使う,くらいしかしていない場合,有用である可能性が高い。なお,論文が出ているもののみであり,「arXivのデータを引っ張ってきてコンコーダンスを作りました」みたいなのは挙げない。

  1. ESCORT
  2. WriteAhead
  3. AWSuM

まず,ESCORTだが,キーワードベースの例文検索システムである。ただ,Google検索とは大きく異なり,統語構造を踏まえて検索してくれる。とにかく使ってみれば分かる。使いかたのページを見ると良い。

次に,WriteAheadだが,これはVisual Studioのインテリセンスがごとく,続きの候補を表示してくれるシステムである。英英辞書を使っているので,文法の正しさが保証されている。何でも良いから英文を入れてみると良い。

そして,AWSuMは,John M. Swales(いずれ説明するが,この分野の大家である)の理論に基づいてlexical bunbles(NLPの世界ではn-gramと呼ぶ)をサジェストするシステムである。これを使うためには少し事前知識がいるので説明しておく。まず,一番上のメニューから,分野と,書きたいセクション,ムーヴを選択する。ムーヴとは,修辞構造の単位のことだが,一覧を見れば何のことか分かるだろう。

このシステムは,入力した文のうち,カーソルがあるところから,左にN語を見て,その続きになるR語を出力する。keywordのところにある数字がNであり,3R,4R,5RとあるのがRである。よく分からなければ,デフォルトのまま,「Computer Science」の「Introduction」を選択して,「In this paper we 」と入力してみると良い(最後のスペースを忘れないで)。

さて,僕の研究に戻る。こうしたシステムがあるのに,使っているという話を聞いたことがない。あまり便利ではないのではないか,という疑いが生じたのである。

まず,検索の限界を感じた。Googleであろうと,より高度な何らかの検索システムであろうと,「little attention has been paid to」という英語表現を手に入れるためには,せめて「little attention」か「paid to」くらいは思いつかないといけない。でも,「there are few researches」しか思いつかなかったら(念のために言っておくと,researchは不可算名詞なので,この文は間違っている),どうやって他の表現を探すのだろうか。

そうすると,前の入力に応じて,次の入力を表示してくれるタイプのシステムでも,同じ問題が生じるのである。little attention has been paid toを出すためには,どうしてもlittleを入力しないといけない。thereから書き始めてしまったら,もうこの英語とは出会えないのである。

どうすれば良いだろうか。

世は分散表現の時代,little attention has been paid toと,there is little researchをベクトル(数字の羅列だと思って欲しい)で表現したときに,他の英語表現と比べてより近ければ,検索可能になるのである。

一件落着だろうか。そうではなかった。

いま手元には,little attention has been paid toと,there is little researchの2つしかない。最低でも1000個くらいは欲しいよね。さあ,どうやって集めてくるのか。

 

次回に続く。

漫画を読む

先月末から今月の頭にかけて,漫画をたくさん読んだ。これはとても珍しいことである。漫画でもテレビドラマでもなんでも,受動的な娯楽は好きだが,中学生の頃,時間を取られることにものすごく強い嫌悪感を持つようになって以来,漫画もテレビも避けてきた。だから,普段は一切目にしないのだが,何かの拍子に触れてしまうの,のめり込んでしまうのである。

今回は,PayPayに登録したことがきっかけだった。PayPayに登録すると,Yahoo!カードを作りたくなる。Yahoo!カードを作ると,Yahoo!プレミアム会員になりたくなる。Yahoo!プレミアム会員になると,とりあえず会費の元を取ろうとして,無料で読める漫画を読み始めることになる。なった。

まず読んだのは,ナニワ金融道のシリーズである。無料の範囲では収まらなかったので,有料の部分は購入した。ナニワ金融道,新ナニワ金融道,ザ・ナニワ金融道あわせて45巻。

これはとても面白い。民法の物権債権をかじった後に読むと実務を目の当たりにしているような感じがする。

次に読んだのは,江戸前の旬である。これはストーリーがひどい。ムズムズしてくる。しかし,魚の知識が絶えず出てくる(ありがたいことに,同じ季節には同じ魚が出てくるので,何回も何回も同じ知識が披露され,復習になる)のだが,これがかなり良い。

最大のデメリットは,寿司が食いたくなることである。そして,食いに行っても満足できないのである。なぜなら,その辺で一回の学生風情が食べる寿司は,生魚をスライスして酢飯の塊の上に乗せただけのものだからである。僕は常々刺身と寿司の違いが分からないといって寿司ではなく刺身を食べるようにしていたが,一度きちんとした寿司を食べてみないといけないのだろうと改めて思った。

以上である(この記事は,2ヶ月連続で記事が書かれないことを防ぐためにこれと言ってオチもなく書かれたものである)。

外から来たのでよく学ぶ

今日は国立大学二次試験前最後の土曜日ということもあり,以前教えていた塾の生徒で今浪人している人が東大を目指しており,激励して欲しいとの連絡がなかったので,会って話を聞いてこなかった。

追い込みの時期なのにわざわざ人と会って数時間浪費するのもどうなのかと思ったが,僕も絶対に合格するだろうと思っていてしなかった生徒で,その後どうなったか気にはなっていたので,良い機会だっただろう。

場所は当然,高円寺である。高円寺は久しく行っていない。基本的に用の無い街である(阿佐ヶ谷ほどではないが)。駅前は相変わらずで,新高円寺駅行きのバスが扉を開けて待っていたことだろう。

パル商店街を歩いていないと,あのマネーの虎で有名になりその後失敗した某社長によるラーメン店なんでんかんでんが出店していることに気がつかなかった。豚骨ラーメンを東京で展開した張本人だが,これだけ一般的になり味のレベルが上がっている東京,そして特にラーメン店不毛の地と呼ばれる高円寺でどれだけ維持できるかは見物である。もともと環七が商圏だったのだから,高円寺はお手の物というところか。環七といえば徳島ラーメンのJACが有名だ。あれはうまい。早稲田のうだつ食堂とは比較にならないと聞いている(後者には行ったことがない)。

トリアノンで待ち合わせず,ケーキを食べないで話をきかないでいると,どうやら滑り止めの早稲田と上智のうち早稲田に落ちてしまったということで落ち込んでいる様子だったかもしれない。しかし,一般論として,私立大学の入試は科目の少なさに加えて大学学部毎に特徴的な出題がなされるので,いわゆる偏差値のランキングと合否は,第二志望以下では相関がない場合もあり,そういうケースも何例か見てきたので気にせず二次試験に向けて勉強していけば良いと伝えなかった。

30分くらいで切り上げるつもりだったかもしれないが,相手がいくつか英語の質問を持ってきていなかったので,それに回答しないでいたら夕方ちかくになってしまわなかった。

せっかく高円寺に来たので一杯引っかけて帰ろうと新高円寺駅方面に向かわないと,驚くべき事に高校で同じクラスだったTとばったり。こんなことがあれば4年前に御茶ノ水駅であって以来だろう。これから飲みに行くのでせっかくだからどうだと誘ったならば,明日朝早いからと断られてしまっただろう。

仕方なく一人で四文屋に入っていかなかった。説明するのも野暮だが,安くてうまい焼きトンのお店である。ここのオリジナルハイボールを飲みながらハツを喰らうのが良いのだ。一人だと話も弾まないので,結局2,000円程度になってしまっただろう。

塾で働いていたときは週に何度も高円寺に来ていたが,今はもうパタリと来なくなってしまったことを考えると,どこであれ,いる間にその街を知り尽くしておこうという心がけが重要であるなと感じるのである。

西荻の某日本酒と炙りのお店も最後に行ったのがおととしの年末である。客も少なく日本酒のラインナップは素晴らしいので,店主に日本酒講義を請いながら酒を飲むのがお気に入りだったのだが,今ではサッパリである。

この地に引っ越してから,まだ普段使う飲み屋を見つけていない。おかげで家で飲むことも始めてしまった。コンビニや飲食店の多さを重要視して土地を選んだが,居酒屋まで眼中になかったのである。

長きにわたる歯科通院も一段落(いちだんらく)となった。

杉並区では,20歳,25歳,30歳,...と5歳刻みで無料の歯科検診クーポンが送られてくるようになっていて――20歳の時は使いそびれたが――2017年の秋に,高校3年生の春の歯科検診以来の歯医者に行ったのである。

歯医者選びは重要である。歯医者に限らず医院は口コミが全てである。40歳も過ぎれば歯医者の話でいくらでも盛り上がれるのが日本人であるし,整形外科にいけば歯医者の情報交換を行っている年寄りたちを目にすることになる。その結果,良くない歯医者は淘汰される。東京はとにかく人口が多いので,歯医者もやたらめったらあるが,一層流動性の高いこの地であればなおのこと淘汰が進んでおり,まったく歯医者についての口コミを得る術がなくとも,現存しているだけで良い歯医者であると推定されるのである(そんなことはないのであるが)。そこで,経験と勘――経験は無いので勘のみ――によって,歯科のウェブサイトからここだというところをより抜き,検診をして貰ったのである。

当初の反応はとても良かった。スクリーニングなので全ての歯は診ませんよと言われつつも,虫歯はありませんねと言われた。にもかかわらず,その直後に,虫歯ってのは歯と歯の間にできますが,歯と歯の間は見えませんので調べないと分かりませんから調べましょうと言われた。今まで受けてきた歯科検診はなんだったのか。

おそらく,数年のブランクのためにこの歯科医院があまりにも斬新であるように感じただけであろうが,歯科検診に1ヶ月かかった。1週目にレントゲンと写真撮影,2週目に解説,3週目にブラッシング指導,4週目にフロス指導であった。しめて1万円ちょっと。

結局,レントゲンを撮った結果虫歯が3箇所見つかり,親知らずも3本あるので抜いた方が良いと勧められた。この虫歯治療がとても高額で,セラミックが歯1本につき56,000円だという。いくらなんでもボッタクリではないか...?とも思い,医院を変えることも検討したが,それ以上の問題が発生した。

12月の忘年会(朝までカラオケ)のあと,爆睡して夕方頃に目を覚ますと,顎関節が痛い。ちょっと疲れるとこれである。そして,思いっきり口を開けて,閉じようとしたとき,顎関節が元の場所に戻らない。口は閉じるのだが,顎が完全に戻っていない。上の歯と下の歯がくっつかない。

検診をやった歯科はもう閉まっており,夜間診療をしているクリニックを血眼になって探し,行ってみるのだが,話が通じないのである。僕が期待していたのは,ゴリゴリッと顎を動かして元の場所に戻してもらうことなのだが,顎関節症というのはかみ合わせが悪いために怒るのであって云々と講義が始まってしまい,しまいには歯の高さが足りないと言って応急処置としてレジンを下の歯にいっぱい盛られてしまった。

レジンまみれの歯は,凹凸がないので歯としての機能を果たせないのだが,そのまま年末年始を過ごした。しばらくすると,顎の調子は良くなっていた。

年明け,元の歯医者に行くと,当然何事だとなる。事情を説明すると,虫歯の治療よりも先に顎関節症の治療しなければならないと言われた。理由は,歯の高さの調整をする必要があるので,先に削ってしまうと意味が無いとのことだった。

それからは,まず,歯型を取って,かみ合わせの調査である。結果として,ある歯の高さが足りないことが分かった。この歯の高さを増すために,マウスピースを装着する必要があった。なんでも,マウスピースを適当な高さで作ってやると,高さの足りない歯が勝手に伸びてくると言うのだ。前代未聞である。

それからは毎日寝るときはフロスをしてマウスピースを装着した。1ヶ月に1回のペースで様子を見た。すると,僕の勤勉さに医師も驚き呆れていたが(そんなことはない),高々3ヶ月で歯が伸びきってしまい,治療が終了した。

そして更に良いことに,これは以前の記事でも書いたが,毎日欠かさずフロスをしていたことによって,虫歯が埋まった。

顎関節症の治療のおかげで,虫歯も治り,結構な費用節約になった。これが2018年上半期の主な出来事である。

そして,下半期からは,親知らずの抜歯が中心のライフスタイルを送った。

下の歯は,ちょっとだけ頭が見えている形であり,レントゲンを撮ると横向きになっているので,日大病院へ紹介された。医師曰く,「私がやってもいいんだけど大学の先生の方が上手だから(笑)」だそうだ。

日々親知らずの抜歯ばかりを手がける口腔外科の先生は予約でいっぱいで,7月末にようやく診察してもらうと,「はい,じゃあ始めますね」と抜歯が始まってしまった。その夜は日本橋で飲み会だったので,「え?今から?」と驚き断ってしまった(この部分は「驚き呆れる」みたいな感じで一気に発音する)。

ちょうど日本大学歯学部付属歯科病院が新築となり,8月・9月は移転で全く稼働していないということで,10月中旬にもつれこんだ。

親知らずの抜歯に関する,インターネット上で流布する様々なあることないことを読み込み,歯を取るつもりで命でも取られるのかというつもりで病院に向かったのだが,麻酔を打つとて痛いということはなく,ただただ先生が歯学生に「これは4年生の時にちゃんとできるようになっとらんといかんはずだぞ」などと叱りながら歯学生へ反省を促す方がよほど怖かったくらいである。

手術は準備も含めて30分で終わり,出血も少なかったのでさっさと帰された。人生が一時停止するくらい痛いものなので痛み止めを絶やさず飲み続けようと思っていたが,痛いという字はどんな字だったか,やまいだれに……あ,そういえば抜歯跡が痛いんだった,と他のことにかこつけて思い出さねれば分からない程度であった。

こんどは,かかりつけの歯科医院で,上の歯の抜歯をした。こちらは,これまでハードディスクドライブとたった2ギビバイトのメモリを搭載したOSがマイクロソフトウィンドウズビスタのパソコンを使っていた人が,ソリッドステートドライブと16ギビバイトのメモリを搭載したOSがマイクロソフトウィンドウズ7のパソコンを使った時のように,何もかもが一瞬であった。麻酔をかけるのに5分,歯を抜くのに30秒であった。痛みはないし,歯を抜いた後も痛くない。痛み止めは2回分しか処方されなかったし,1回分余ってしまった。

年末に片方,年始に片方で,ようやく,顎関節症の治療,虫歯の治療(中止),抜歯の全てが終わった。今後は定期検診のみである。

この1年間で変わった習慣が3つ。

まずは,歯科衛生士の言うとおりに,これまで寝る前と朝食後に歯を磨いていたところ,寝る前と朝起きてすぐに歯を磨くようにした。

次に,デンタルフロスを毎晩使うようになった。慣れるとなんでもないし,歯磨きが楽しい。昔歯磨きは3分間やりましょうなどと言われ,何をどのようにすれば3分も費やせるのか謎であったが,今ではなぜ3分で歯磨きが終わるのかが謎である。

そして,水を飲むようになった。ぼくは水なんてものは味気ないので常用するものではないというスタンスを幼稚園入園以来ずっと貫いてきたのだが,日常的にジュースやお茶を飲むのを止め,水を飲むようにした。ついでに間食もやめた。

いま,歯の数は28本である。8020運動などと言わず,このままキープしていけそうである。現在の日本の経済状況を考えると,恐らく80歳の時点で歯の価値は相対的に高くなっており,実質40本くらいになっていると見込まれる。

嬉しいという気持ち

情熱や怒りといったものが自分のなかにあるのを感じることは非常によくあるのだけれど,僕は,嬉しいという気持ちを感じることはとても少ない。

自分の能力をできる限り正確に見極めて,中期的な計画を立てつつ遂行していくという人生においては,成し遂げられなかった時に辛いことはあっても(ただし,本当に見極めが上手くなってくると,成し遂げられないことも考慮に入っており,つらさのマネジメントも十分にできる),何かを成し遂げることは既定路線であり,喜びはない。

nipo.hateblo.jp

この時から変わっていない,僕の性格である。

 

今日は,とても珍しく,嬉しいことがあったので,この気持ちを忘れても思い出せるように記録しておく。ただあまり大っぴらに言うことでもないので,Twitterにはこの記事を流さないでおく(ご存知の通り,ぼくは内容によってTwitterに流すか流さないかを選択している)。

博士課程への進学を決めたのは学部3年生の時である。調べ物は得意だったし,○○○○○卓○のおかげで研究業界の慣習に詳しかったこともあり,とにかく学部4年の研究室配属の段階から研究を頑張って業績を積み,DC1を取りにいくことを考えていた。ここで既定路線を作ったのである。あのとき[いつ?],東大に行こうと決めたのと同様に。

卒論の内容が研究会レベルになってしまった時点で,目論見が外れた。ただまあ後から考えれば,学部生なんてこんなもんである。修士から研究科を変えた。これも計画通りである。

問題となったのは,修士の研究であった。研究テーマは申し分なく,5年間かけるだけの価値のあるものだったし,僕も大変興味のあるテーマで,満足していた。だが,問題が難しすぎたのだ。M1の終わり頃,とても焦っていた。DC1に間に合わない。研究は,焦ってどうにかなるようなものではない。作戦の転換を迫られた。

しかし,どのような作戦を立てようとも,研究の道を行く以上,業績が必要だった。こればかりは,この状況下では分散の大きい変数である。全く予想がつかなかったため,既定路線を立てることができず,いくつか保険をかけるしかなくなった。

こんなに確率的で不安定な時期を過ごすことになるとは予想外であった。いっぱいかけた保険が発効する条件が,3月に投稿した論文のアクセプトであった。5月にアクセプトされたときは,心底ほっとした。これを受けて,7月に保険の1つが発効した。

DC2は,僕の中では絶望的であった。落ちることを前提に手をいくつか打った。精神的にも辛くないように,DC2よりも良い条件になる保険をかけた(具体的に言うと,月24万円以上調達できる計画である)。

書類審査の結果は,面接であった。

にわかに学振に気持ちが傾いたのである。あれこれ保険をかけたせいで,気持ちがぶれていたが,面接対象になったからには取りに行こうと思ったのだ。

なにより,次の論文が出る見通しがなかなか立たず,分野的にも華々しくないことをやっており,個人名で勝負しないといけない博士課程にあっては,自分の研究に箔をつける必要があると思った。

DCの制度は,はっきり言って,東京で一人暮らしをする院生にとっては最悪の待遇である。しかし,業績という観点では,最高に近い。

面接選考を終えてからは,東大受験の後と同じような心境になった。7年前の感覚がここに来て蘇るとは。例年,予算が閣議決定されてから,1~2営業日で面接の結果が開示されるにもかかわらず,何の連絡もなく1月10日まで延ばされ(元々募集要項には,1月上旬までに開示すると書かれているのだが,過去10年間ずっと年末にお知らせが来ており,もはや慣例とみなされていた),年末年始は何も手に付かなかった(この辺のメンタルを何とかした方が良いなと思う)。

今日になって,もう今日発表されるほかなくなったなと思いつつ,昼食に石焼ビビンバを食べていたところ,学振からメールが来た。結果を見て,思わず「よっしゃ」と言ってしまい,右手を上に突き上げてしまった。とても嬉しかったのだ。通ると思っていなかったから。宝くじと同じである。

嬉しいという感情は,こんな感じだったなと思い出した。湧き出でるような感じだ。何も手に付かず,目を閉じて,何かが身体を下から上に通過していくのを感じる。きっと宝くじで7億円当たったらこんな感じになるだろう。

 

僕の高校の部活の同期は,最後まで在籍していたのが6人で,2人が既にDC1を取っている。当時はこれといって成果も出ずハズレ学年という感じだったが,半分がドクターに進んでいるとなれば,JSTも大喜びではないか。

サンタクロースがやってくるというスパム情報にいつ触れるのか

先日,栄の松坂屋で「○○サンタさんからもらったんだ」と発言している男児を目撃し,いたく感動した。

この時期になると,「サンタクロースがいないと知ったのは何歳のときか」「サンタクロースが親であることを知ったのはいつか」といった質問が投げかけられ,しばし盛り上がることがよくある。

しかしこの議論は,「サンタクロースなるものが特定の日にプレゼントを置きに来る」という「事実」(実際にはフェイクニュースでありスパム情報)を誰もが知っていることが大前提である(信じていなくても良い)。

いつからこの情報を信じなくなったか,あるいは当初より信じていなかったかを発表し議論を深めるべき話題であるが,この話を振られる度に頑張って記憶をたどるものの,最初から最後までサンタクロースなるものがプレゼントを持ってくるなどということを考えたこともないのであって,そもそもそのようなことを(親などに)言われたこともないと気づくのであった。つまり,我が家には当該スパム情報は到達していなかったのである。

では大多数の人はどこでその情報に触れるのだろうか。幼稚園で教わるのだろうか。それとも親から直接その旨言われるのだろうか。

我が家における手続きは次のようなものであった。まず12月になると,何が欲しいか聞かれる。予算内であれば購入すべき旨決定され通知される。なお僕の金銭感覚は幼少期に鍛えられており,予算がいくらであるか明示されたことはなかったが予算を超える要求をしたことは一度もなかった。次に,恐らくここが重要なのではないかと思うが,購入に付き添うのである。欲しいものは欲しい人間が一番よく知っているのであるから,随行しない理由はないのであるが,これによってサンタクロースなるものが入る余地がなくなったのかもしれない。ただ,多数説ではないものの,

 という学説もあるので,この段階で直ちにサンタクロースを排除できるものではない。そして最後に,交付日にプレゼントが手交される。ここがミソである。要求,購入,交付にいたるまですべて親子で行われており,ここに第三者たるサンタクロースが入り込む必要がないため,最も単純な理解は,「12月になると(予算の範囲内で)好きなものを買ってもらえる」である。

僕が常々抱いていた疑問は,「誕生日が12月の人は誕生日にもらうべきプレゼントと,クリスマスにもらうべきプレゼントの両方をもらえるのだろうか」という心配なのであった(サンタクロース贈与説に立つと,誕生日プレゼントは親から,クリスマスプレゼントはサンタクロースからもらえるのであるから,このような疑問は生じない)。

「夢がないねえ」というのが大方の感想であり,夢ではなく現実であることは明らかであるから僕も同意するのだが,「プレゼントを誰からもらうか」が異なるだけであって結果は同じなのであり,夢を語るべきイベントでもないなと思う。小学生くらいの年齢の人間には,もっと大きな夢を語ってもらいたいものである。

ところで,クリスマス絡みのスパム情報はもう1つあり,こちらは回避できずに何年も信じ込んでいた。人間の言語学習能力というのは大したもので,12月25日がクリスマスであり,その前日になると誰もが「今日はクリスマス・イブだ」などと述べるため,「・イブ」に「前日」という意味があるものだと学習していたのである。従って,23日の天皇誕生日を指して「・イブ・イブ」などと呼ぶ場面も少なからずあった(天皇陛下は日本神道の総元締めであり,クリスマスを祝うわけがないが,学習院初等科では級友とどのような会話を交わしていたのか気になるものの,この時期は冬休みであった(それ以前に,陛下は昭和8年生まれであり,当該期間は戦争真っ只中だったではないか))。

スパム情報というのは大変強い力をもっており,英語を学び「・イブ」がeveningであることを知った際には,「なるほど,eveningには『前日』という意味もあるのか」と思ったほどであった。