逆にこの時確かにそうなる。

逆に,このとき与式は確かに恒等式になる

アクアパッツァ

 昨日*1,魚を焼いていたら,火災報知器が鳴った。「ピューイ,火事です火事です,ピューイ,火事です火事です,ピューイ,火事ですか痔です」

 東京に来てまもないころ(2012年6月),突然火災報知器が鳴ったことがあって,その時に調べたので仕組みは分かっていた。空気の透過率が下がると火事であると判断するのである。魚を焼くとその脂によって煙がもくもく出るが,これがいけなかった。

 それにしても,「火事です火事です」とはずいぶん思い切った断定である。仕組み上,空気が透明でなくなってきたことが分かるだけである。従って,「ピューイ,空気の透明度が下がりました空気の透明度が下がりました」と言うのが正しい。

 しかしそれではあまりにも分かりにくく,火事の場合に逃げ遅れる可能性がある。問題点は,火事⇒煙⇒空気の透過率が低下という論理が成り立っていても,空気の透過率が低下⇒火事という論理が成り立っていないところにある。そこで,「ピューイ,火事の場合と同じ状態です火事の場合と同じ状態です」と言うと正確だ。

 ところで,空気が透明でない場合に,魚を焼いたことと火事であることとでどちらが原因の場合が大きいだろうか。

 僕は10回に1回くらい魚を焼いているので,魚を焼く確率は0.1である。また,火事になる確率は,全国統計から5000分の1であることが分かっている。また,魚も焼いていなければ火事でもないときに空気が濁る確率は0である。火事の時は大抵の場合空気がよどむので,0.9の確率で透過率が下がる。魚を焼いても煙が出ないことは多いので,透過率が下がる確率は0.1である。魚を焼いた上に火事になった場合に空気が透過しなくなる確率は0.91である。

P(魚を焼いてい=る) P(魚を焼いてい=ない)
0.1 0.9

 

P(火事=だ) P(火事=ではない)
0.0002 0.9998

 

魚を焼いてい 火事 P(空気が透過=する) P(空気が透過=しない)
ない ではない 0 1
ない 0.9 0.1
ではない 0.1 0.9
0.91 0.09

 

 ここから,4通りの確率を計算する。

P(魚を焼いてい=る, 火事=だ, 空気が透過=しない)=0.0000182

P(魚を焼いてい=る, 火事=ではない, 空気が透過=しない)=0.009998

P(魚を焼いてい=ない, 火事=だ, 空気が透過=しない)=0.000162

P(魚を焼いてい=ない, 火事=ではない, 空気が透過=しない)=0

 以上より,空気が透過しなかったとき=火災報知器が鳴ったとき,魚を焼いているが火事ではない可能性が最も高いことが分かる。

 では確率が低いから,火災報知器を魚焼き検知器に変えるべきなのか。リスクの見積もりは,その発生頻度だけでなく,影響度も評価して行わなければならない。火事は大損害をもたらすので,確率が低くても気をつけなければならないのである。

 魚は美味しいのでどんどん焼いた方が良い。

*1:昨日ではない。

天ぷら近藤

 天ぷら近藤に行った。残念ながら「奥のカウンター」だった。

 近藤氏の本を何年か前に買って,家でやってみたことがあるが,そういったこともあり一度行ってみたい店だった。

 海老の頭。普通。

 海老。これは揚げすぎではないか。特段旨いとは思わなかった。

 アスパラガス。旨い。アスパラは回転寿司で食っても揚げてあれば旨いが,なんとなく野性味(?)があってよりおいしい。

 蓮(れんこん)。かなり歯ごたえが残されている。

 鱚。普通。

 ばってんなす。これは美味しい。香りが良い。

 唐辛子。なんとか唐辛子なのだが,説明する人の発音があまりに悪くて2回聞いたが聞き取れなかった。旨いけど感動はないよね。

 メゴチ。普通。

 玉ねぎ。小さな玉ねぎをまるごと揚げている。中が熱くなっているから注意するよう言われたが,熱くなかった。そして辛みが残っている。火が十分に通っていない。

 穴子。圧倒的にみかわ是山居の方が美味い(香ばしさが違う)。

 さつまいも。名物なので食べた。作るのに30分かかっている(えびを出した後から調理が始まった)。天ぷらのさつまいもとしては破格なのは明らかだった。4cmの厚みがあるのに中まで火が通っている。だが果たして石焼き芋ではだめなのかと問いたくなる。表面のサクサクは天ぷら故のものではあるが。

 かき揚げを天丼で。旨い。酒の香りがする。しょっぱめの味付け。お新香がいらないくらいあっさりしている。

 フルーツにシャインマスカット。おいしい。

 13,000円のコースにさつまいもを付けたので13,800円。これに消費税。紙は頻繁に替えてくれ,お茶もすぐに足してくれる(最後のお茶だけ熱々になっている!)などサービスは一通りであるが,これでサービス料を取るところもあるのでその点は良心的である。

 もう2,3回くらい,季節を変えて行ってみたいが,次はもう予約が取れないだろうな…… 

 

 

東京オリンピックは2020年に開催されたことにすれば良い

 スポーツに興味のない僕でさえ気になるほど国中を通常よりも長く沸かせているのが東京オリンピックである。もはや数人を除いて誰もできるとは思っていないが,やるかやらないか,できるかできないかという議論自体が不毛である。最も良い方法は,2020年に計画通り開催したことにするというものである。

 オリンピックを開催したかどうかというのは,最終的には開催したかどうかではなく,その記録の有無によってのみ判定される。逆に言えば,オリンピックを開催したとしても,誰も記録を取っていなければ開催していないのと同じである。

 これだけ事態がややこしくなったいま,開催したことにするという選択肢が最も問題が少なくてすむ。映像や新聞記事などは今からつじつまの合うように作れば良い。記録についても同様である。メダルも統計によって配分するか,民主的に受賞者を決めれば良い。メダルを受け取る選手は,自分の記録だとは微塵も感じないだろうし,そのことを全世界の人々が知っているのだから,誰も何とも思わない。メダルを受け取らない選手もまた,悔しくもなんともない。ただ誰にせよ,東京五輪は開催されたものとして公的には発言をする。

 オリンピックに商売上の期待をしていた人々の期待は既に裏切られているので,今更開催されたことにしてもさらなる害はない。現地でオリンピックを観戦することを願っていた人たちの期待も同様である。

 それどころか,本来もう始まっているはずだったbeyond2020プログラムに移行できるという利点がある。オリンピック景気日経平均バブル崩壊後の最高値を更新した(驚くべきことに,株式市場だけはオリンピックが開催されたものとして動いている。やはり株式市場は常に正しい(ジョージ・ソロス)のだ)。

 100年後,今を生きた人が誰ひとりいなくなったとき,これだけ記録が残っているのだから東京オリンピックは開催されたのだと思ってもらえるだろう。尤も,そんなことが話題になることはない。今日1920年アントワープ大会のことを思う人がいないのと同様である(クジラ構文)。そして,「東京オリンピックは開催されなかった」という命題は「アポロ11号は月面に着陸していない」という疑惑と全く同様の扱いを受けるだろう。

 

 「空気のない国立競技場で国旗がゆらゆら揺れていますね,これはおかしい,合成映像でしょう!!」

歴史の1ページを生きる

 今年は何をどう述べようにも新型コロナの話は避けられない。だが,外出はできないし人と会うこともままならないという状況であったから,具体的な部分ではあまり面白みも無い。

 歴史の教科書に載るような事件の当事者はどのような気持ちだったのだろうかといつも思っていた。要約されているということもあって,激動の時代という印象をいつの歴史であれ受けてしまう。こんなにめまぐるしく変わる時代に生きていた人々はどう思っていたのだろうかと思いを馳せていた。その一方で,今もまたいつかは歴史となるのであって,当時の人々も何でもない毎日を送っていたのかと想像していたこともあった。

 3.11は当事者というほどでもなかったが,今回の疫病騒ぎは世界中の人々がもれなく当事者である。前回は100年前とも言われる世界的パンデミック(「パンデミック」に世界的という意味が含まれるのでこの表現はダメ(一部地域の疫病はendemicという))だ。人類の歴史に刻まれることは間違いなかろう。そういう意味でワクワクしている。これが歴史的な変革なのだと。今色々と強いられている様々なことは,その大転換点にいる故のものであると。従って,色々と文句を言っている人に対して,まあまあ歴史が変わる瞬間なのだから文句を言っていないで楽しめと言いたくなる一方で,文句を言うということもまた重要な事象だと思って静観している。

 年始早々中国で新型肺炎が発生したとニュースになったが,大半の人は興味が無かった。1月半ばにはクルーズ船で感染者が大量に発生した。2月になると,国内でも感染が見られるようになった。学校を根拠無く休校に追い込むなどしていたが,この時はまだ手続の正しさを重視していた。いかにもアジアの感染症といった感じで,5月のLRECに行けるのかどうかと心配していたが,今度はイタリアで爆発的に感染が拡大し,ほどなくしてアメリカ,フランス,グレートブリテン及び北アイルランド連合王国と,もはや北半球の感染症といった様相となった。日本でも世論は二分され続けた。人命最重視という立場と,経済活動重視という立場と,その2つは対立しないという立場である(あれ,3つだな)。意思決定をするという政治の重要性が身に染みたと言わざるを得ない。

 3月の段階でヨーロッパが壊滅となり,これはもう無理だと思った。

東京にいる理由がなくなったから,このタイミングで帰郷した。この時はかなり徹底した。公共交通機関を使わず,実家でも離れに住んで自主隔離していた。年内収束どころか,来年決着するかも分からなくなってしまった。

 3月からパスタを作り始めた。実家に帰るまでの1ヶ月は3食パスタで,その後は昼食がパスタだった。色々なパスタブランドを試した。玉ねぎのみじん切りが上達した。

 クラリネットを買った。一応音は出るようになった。指をまだ覚え切れていない。

 お酒が減った。元々家で飲む習慣がないので,外食しなくなったら直ちに酒量が減った。

 困ったのは論文だった。2019年の9月以来,土日祝日も休まず研究室に通い詰め,とにかく論文を出さないとと努めてきた。在宅になっても休むことをせずにそうしてきた。国際会議の延期や中止でとんでもない量の害を被った。もともと研究室の投稿戦略が滅茶苦茶のところに,拍車がかかってしまった。おかげで最後の最後まで心が安まらず,途中でおかしくなってしまったように思う。

写真で振り返る2020年

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吉野家恵比寿駅前店では,このようなIoTデバイスを使って会計を行う。

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笹巻き毛抜き寿司は,昔の寿司をほとんどそのまま維持している。故においしいとは思えない(ほかの味は時代と共に進化し続けていく)。

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コロナ禍(ころなか)では任天堂のテレビゲームが流行った。僕もご多分に漏れず任天堂のゲーム機で遊んでいた。

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特別定額給付金支給決定通知書の文書番号は2新総総総だ。

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コロナ禍でコメダ珈琲店は大きく売上げを伸ばした。相変わらず食べきるのに並々ならぬ気力を要するカツサンド

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大崎副都心は1982年指定。山手線も運行上は大崎駅を起点とする。

来年も,海外渡航は無理かな・・・

2020年を振り返る

 今年は本当に忙しかったが,充実していたとも言える年になった。

 正月早々,久しぶりに部活のOB会に参加した。前回は2013年の8月だったので,6年以上あいてしまった。前回の参加時にちょっと思うところあって,しばらく来ない方が良いと感じたからだ。D進もしたのでそろそろ良いだろうということで参加したが,人数も多くて驚いた。だが交流する動機が無いことにも気がついた。全校の同窓会もそうだが,こういうのは難しい。

 年度末にかけては,就職活動をしていた。話を聞きに行く機会というのがいくつかあって,4社ほど見て回った。就活についてはまた改めて書くつもりだが,気づいたら3社からの連絡が途絶えていたので,そのまま残りの1社に決めた。

 言語処理学会年次大会は茨城開催だった。本当に見るところがなく,毎日偕楽園に行っていた。招待講演は楽しみにしていたので良かった。

 5月には,LREC2020のために一旦フランス・マルセイユへ行った。7月からフランス滞在ということもあって,多少のフランス語ができないとまずいと思い,週3で集中的にフランス語教室に通った。3ヶ月くらいなら大して学費も膨らまないので良いものだと思った。依然Rの発音が気になっているが,それよりも母音の方が難しい。

 本年最も大きなイベントが,フランス・ナントに半年近く滞在して研究をしたことだ。受け入れ先の先生とはすでに共著がある状態だったので,行ってすぐ研究の議論ができた。ビザの取り方など色々と下調べをし,かなり時間がかかる場合もあるということで警戒していたが,今回は先方のグラントを取得していたこともあって,コンバンション・ダキュイ(Convention d'Accueil)もすぐに発行してもらえた。これは修士の学位があれば良いようである。ただ住所のアパート名が間違っていて,大使館で撥ねられやしないかとヒヤヒヤした。また,アパートの契約も大変面倒だが,全部先方がやってくれた。日本と違って一人用でも広くて良いなあと思った。

 7月1日に現地に到着したが,博士論文の中間発表が中旬にあったため,2週間で一旦帰国した。その直前には,シアトルでACL2020があって,論文は通らなかったが(というか出さなかった),学振の研究費があるので,これで参加した。よって,ナント暮らしが始まったのは7月後半からだ。そして,受け入れ先の先生に挨拶したらすぐ8月頭のバカンスになってしまった。日本と異なり,バカンスは義務だったため,大学は閉鎖され,アパートに籠もる羽目になった。せっかくなのでヨーロッパ旅行をしてみたかったのだが,フランス語の練習を優先した。

 東京オリンピックも開催された。もとよりスポーツには興味が無い上に,オリンピックを言い訳に不便を強いられてきたこともあって,開催期間中はなんとか東京から逃げようと思っていたところ,フランスにいたのでなんともなかったというオチであった。

 9月には,スペイン・バルセロナでCOLING2020に参加した。フランスからは(東京と比べると)大変行きやすかった。先生の指導教員がなぜかスペイン語でまくしたてることが多かったらしく,スペイン語が流暢で,現地ではくっついていって色々と教えてもらった。日本の研究室からも何人か論文を通していて,現地で会うことができた(なんか変な感じ)。

 COLINGの後から,博論をどうするか考えなければならなかった。構成を考えて,これまで書いた論文をいくつか流し込んでみたが,なんと本文が38ページにしかならなかった!この分野はジャーナルではなく国際会議論文の文化だが,これが裏目に出た。普段ダブルカラム8ページのフォーマットに押し込むことを訓練されてきたので,短くなる一方だったのである。

 11月には,ドミニカ共和国のプンタカナで開催のEMNLP2020に参加した。日本からだと2回も乗り継いだ上にどうやっても24時間以上かかってしまうのだが,CDGから直行便が出ているというありがたさ。スペイン語選択としてはスペイン語圏に何回か行けるのは大変嬉しいことであった。

 12月に帰国して,博士論文を提出した。そこから色々な手続やお伺いがあって,今に至る。本審査が終わるまではしばらく忙しい。

 今年は「TENET」,「キングスマン:ファースト・エージェント」と「007 ノー・タイム・トゥー・ダイ」が公開され,映画の面でも満足が大きかった(さすがに日本語字幕が良いので日本で見た)。渡航もあったので,読響の定期会員は更新しなかった。

 来年は,まずきちんと学位を取って,それから研究者として業績を積めるように努めていきたい。

英語の授業

「今日は,行ってみたい国がテーマです。」

「どの国に行ってみたいですか?What country do you want to go to?」

「What country do you want to go to?」

『What country do you want to go to?』

「いいですね。どこどこに行きたいです。I want to go to どこどこ。」

「カナダに行きたいです,ならば,I want to go to Canada。」

「じゃあ,君はどの国に行きたい?What country do you want to go to?」

『フランス!』

「France!では,I want to go to Franceだね」

『I want to go to France』

「そうですね。では君は?What country do you want to go to?」

『イギリス!』

 

「イギリスか・・・イギリスというと,ロンドンとかマンチェスターとか?」

『はい,でもグラスゴーとかエディンバラとかも考えています』

「そうか。」

フォークランド諸島もイギリスですよね?』

「イギリスだな」

『あとマン島もイギリスですよね?』

マン島はイギリスではないな」

『ダブリン』

「ダブリンもイギリスではない」

ベルファスト

ベルファストはイギリスだな」

レイキャビク

レイキャビクアイスランドだぞ」

ジブラルタル

ジブラルタルはイギリスだな」

バレッタ

バレッタはとっくにイギリスではなくなった」

『キャンベラ』

「オーストラリアをイギリスだと思っている人は19世紀の人だぞ」

フナフティ

「それもコモンウェルスだ」

マサチューセッツ

「それはアメリカだぞ,コモンウェルスなら何でも良いというわけではない」

「もういい,次の人」

 

中華民国!』

大学院生の息子に聞いて良いことダメなこと:質問例文集

 大学院がどんなところか知らない場合,うっかり話しかけた内容で相手(大学院生)の気分を害することがある。大学院での生活がどんなであるかは,インターネットで少し調べれば分かるが,だからといってどういったことを聞くとムッとされるかは自明ではない。そこで,「分かっている」感じがする質問例を提示していく。この際,応用が利くように,前提となるコアな知識に分けることにする。

前提1:大学院の組織

 大学には,学部(がくぶ)があり,その下に学科(がっか)が置かれる。ときに変な大学だとその構成が特殊である。例えば東京大学では,新入生はほぼ全員が「文科一類」から「理科三類」の6つの科類に分けられる。筑波大学では「学部」の代わりに「学群」,「学科」の代わりに「学類」が置かれる。金沢大学は「学域」と「学類」としている。

 大学院とは,大学の学部の後に進学するところで,基本的に研究をするところである。従って,大きな教室でみんなで授業を受けるということは,ほとんどないと考えておいた方が良い。

 大学院には,研究科(けんきゅうか)という単位があり,その下に専攻(せんこう)が置かれる。例えば,「文学研究科・英文学専攻」といった所属名になる。この研究科と,学部には,何の関係もないと考えておいた方が良い(詳しく知りたい場合は「大学院重点化」で調べること)。また,例によって「研究科」「専攻」以外の名称を使っている大学がある。筑波大学東京工業大学九州大学などは注意しておく。

聞いてはいけない質問

Q.1-1「なに学部なに学科なの?」

 大学院に学部・学科は無い。

Q.1-2「この前ニュースで○○学部が出ていたぞ」

 大学は大きい。基本的に自分の所属している研究室以外との国交はないと推定しておいた方が良い。

Q.1-3「○○先生という先生がいるって聞いたけど」

 大学は大きい。例えば東京大学には正規の教授だけで1,200人以上いるのである。基本的に教授陣の名前すら知らないと考えておくべきである。

聞いて良い質問

Q.1-4「なに研究科なに専攻なの?」

 これは聞いて良いが,注意点がいくつかある。

  1. これを聞いたら話はそこで終わり。続けてはいけない。
  2. 聞き返してはいけない。
  3. 大学によっては聞き方に注意する。

 まず1.だが,研究科・専攻の名称というのは書類上のものであって,それによって本人が何をしているかを知ることはできないと考えておくべきである。例えば,文学研究科英文学専攻で英文学の研究をしている保証は全くない。していない可能性の方が高い。

 良い会話例:

 「なに研究科なに専攻だっけ?」

 「文学研究科英文学専攻だよ。」

 「文学研究科英文学専攻なのね,ありがとう。」

 次に2.だが,仮に聞き取れなかったとしても聞き返してはいけない。

 悪い会話例:

 「なに研究科なに専攻だっけ?」

 「総合文化研究科広域科学専攻だよ。」

 「そ,総合・・・総合文化? それは何? 何をするところなの?」

 「あ?! 何をするところだって? こっちが聞きたいわ!!」

 最後に3.だが,「研究科」を全く設置していない大学に通っている人に対して「研究科名」を聞くのは,「お前がどこの大学なのか知らないし興味もない」と言っているのに等しい。

 良い会話例:

 「なに学府なに専攻だっけ?」

 「地球社会統合科学府地球社会統合科学専攻だよ」

 「そうか,地球社会統合科学府地球社会統合科学専攻なんだな。」

 「(こいつ九大のこと分かってんな・・・)」

Q.1-5「正式な所属は何?」

 これはより良い質問である。とくに「正式な」と付け加えることで,返答が1つに絞られるのである。これを付けないと,「総合文化研究科なんて言っても分からないだろうな…」と思ってあれこれ婉曲して言おうかなどと負担をかけてしまうことになる。ちなみに「なぜそんなことを?」と聞かれたら「人に聞かれたときに答えられるように」あるいは「この前人に聞かれて答えられなかったから」と言っておけば良い。

前提2:大学院では,学位論文を書いて合格すれば修了となる

 大学院は5年間の学校である。そのうち,前半2年を「修士課程」後半3年を「博士後期課程」(はくしこうきかてい)に分けている大学院がほとんどである。いずれも,「修了」するのが目的である。修了するためには,修士課程では修士論文を,博士後期課程では博士論文を提出し,審査を受けて合格する必要がある。これらを総称して「学位論文」と呼ぶこともある。

 大学院では,最終的に学位論文を書くことになるのだが,それまでずっと研究をしている。研究成果がある程度まとまれば,その時点で論文を書いて投稿・出版する。これは「普通の論文」というものであり,学位論文とは異なる。とにかく論文は良いものをたくさん書いて出版できれば良いのである。何も出版できないとダメである。従って,大学院生は,常に,何らかの論文を書くつもりで研究していると思って良い。

聞いてはいけない質問

Q.2-1「あれ?この前も論文書いてなかった?」

 書いていた。それが仕事なのだから当たり前である。次の論文のための研究に着手したということである。

Q.2-2「今忙しいの?いつ頃暇になるの?」

 ならない。時間さえあれば1つでも多く論文を書くのである。修了すれば暇になることもあるかもしれない。

Q,2-3「研究は順調かね」

 うっせーな!!

Q.2-4「卒業」

 大学院に卒業という概念はない。「修了」である。卒業と修了は全く違う(本当は大して変わらない)。

聞いて良い質問

Q.2-5「学位論文の締切はいつ頃?」

 これは聞いて良いが,基本的に4月入学ならば秋以降にすべき質問である。また最終年度でなければ聞く意味が無い。在学期間が延長になっている場合は「学位論文は仮に今のところいつ頃出せたらよいなというつもりで進めようとしているのか」と聞く。

Q.2-6「忙しいのは知っているが,○○できる日はあるか」

 これは良い質問である。日程の調整は大学院で一番よく身につく技なのである。

Q.2-7「どのくらい論文を出せば修了できるのか」

 これは博士後期課程専用の質問である。大半の大学院では,出版済の論文の数が規定に達しないと博士論文を提出できない。そこでその基準を聞いておくと良いのである。あとは,名前でインターネット検索をして,本人が論文をいくつ出しているか数えれば,研究が順調かどうか分かる。

前提3:大学院生の日常はいつでも研究をしていると考えておけば良い

 大学院は研究をするところである。研究に終わりはない。「起きている時間は全て研究に使う」という考え方もあるし,「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない」*1という言葉も有名である。実際にこのようであるかどうかは問題ではない。

聞いてはいけない質問

Q.3-1「何の勉強をしているの?」

 これは2つの観点でダメな質問である。まず,大学院は第一義的に研究をするところなのに,そこをすっ飛ばして何の勉強をしているか聞いては順序がおかしい。料理人に対していきなりトイレ掃除の心構えを聞くようなものである。次に,大学院では,研究の必要に応じて色々と勉強をするので,何と言われても解答に困るのである。

Q.3-2「何の研究をしているの?」

 では研究について聞くのは良いかというと,ダメである。「学部では大学で一番,修士では日本で一番,博士では世界で一番その研究テーマについて詳しくなっている」という有名な表現がある。これはあながち間違いではない。言い方を変えると,そのテーマについて分かっている人は日本に一人しかいないということである。よって,聞いても分からないのである。では分かるようにかいつまんでほしいと思うかもしれないが,それこそ無意味である。「何か凄いことをやっている」レベルのことを答えられても満足できないだろう。要するにこの質問というのは,聞く方を聞かれた方も絶対に満足しない愚問なのである。

Q.3-3「授業はあるの?」

 ない。いや,実際にはあるのだが,ないと考えて良い。

Q.3-4「夏休みはいつ?」

 そんなものはない。

Q.3-5「冬休みはいつ?」

 そんなものはない。

Q.3-6「春休みはいつ?」

 そんなものはない。

Q.3-7「大学院は何時から何時までなの?」

 入学から修了まで24時間365日寝てる間すら研究のことを考えているとみなして良い(実際には考えていないこともあるが,それがいつなのか外からは分からない)。

Q.3-8「土日は休みなの?」

 大学院には曜日という概念がない。土日とか平日という概念は人間が勝手に作ったもので,学術とは関係がない。英語の文法は平日と休日では変わらないし,地球の自転も平日と休日では変わらない。同じように,大学院生の生活も平日と休日では変わらない。逆に,毎日が休みのような人もいるが,外から見ても分からない。

Q.3-9「何をしているの?」

 研究。

Q.3-a「研究というのは具体的に何をしているの?」

 色々考えたり実験をしたり論文を読んだりしているのである。それ以上詳しいことは素人が聞いても分からないどころか,玄人が聞いても分からない。本人すら分からないこともある。

聞いて良い質問

Q.3-b「研究は楽しいか」

 感情について聞くのは問題ない。

Q.3-c「きちんと寝ているのか」

 体調管理は重要だが軽視されやすいので,聞くのは良い注意喚起になる。だがそれ以上のことは言わない。「睡眠を取るべきだ」「食事をせよ」のようなことは言うべきではない。なぜなら,言われなくても分かっているからである。

前提4:大学院は大学・専門分野・研究室(指導教員)によってかなり様々である

 研究の世界はかなり細分化されており,研究室が異なれば文化も異なると考えて良い。従って,何かを一般化するのはほとんど不可能である。

聞いてはいけない質問

Q.4-1「○○もああいうことをしているの?(テレビなどを見ながら)」

 していない。「あそこの研究室は××系だから□□をやっているがうちは△△系なので□□はやらない」といった説明をするのは非常に面倒である。

Q.4-2「これって関係あるの?(何かの記事を示しながら)」

 関係ない。違う研究室の記事の内容があてはまることは無いと考えて良い。

聞いて良い質問

Q.4-3「研究室の規模はどのくらいなのか」

 教員・研究者の人数,学生の人数,留学生の割合などは聞いて良い。これは千差万別であり,院生同士でも聞くことは多い。

Q.4-4「キャンパスはどこなのか」

 意外にも研究室というのは点在しており,その大学のメインのキャンパスに通っていない場合がある。

Q.4-5「○○先生はすごいのか」

 指導教員の業績について聞くのは悪くない。その先生が良いと思って研究室を選んでいるのだから,基本的にはポジティブな反応があるはずである。基本的にはね・・・(くじ引きで配属されたり,アカハラパワハラの真っ最中だったり,入ってみたら超絶ブラックだったりすると良くないが,それ以上の問題があるので質問どころではない)。

Q.4-6「みんなどういうところに就職していくのか」

 これも千差万別なので,聞く分には問題ない。何かコネがあって毎年○○社には1人は必ず行くよね,みたいなこともある。

Q.4-7 指導スタイルについて

 研究室には「放置スタイル」「面倒見るスタイル」の2種類の指導スタイルと,「奴隷」の合わせて3種類がある。そのどれであるかは聞いて良い。

 良い会話例:

 「○○先生は結構面倒見てくれるの」

 「う~んウチは放任だからね,頼めば議論してもらえるけど,半年に1回くらいかな」

 「(これは修了が遠い・・・)」

 良い会話例:

 「○○先生は忙しいの?」

 「忙しいね,だから月に1回だけミーティングしてもらえる。」

 「それだけ?」

 「あでも助教の先生が普段相談に乗ってくれるから困ってはいない」

*1:筑波フォーラム45号